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6.S.S様(埼玉県在住)

1) 経緯
 20 代までは、大型ブックシェルフの3ウェイスピーカーを所有し、全段対称のトランジスタパワーアンプを設計製作するなど、
それなりにオーディオを楽しんでいました。

結婚、仕事の多忙などでしばらく遠ざかり、オーディオも BOSE のアンプ付コンパクトスピーカー、
TANNOY のアンプ付モニタースピーカーをパソコンに接続する程度でお茶を濁していました。
いずれもバスレフ型であり、この方式特有の問題を抱えています。

最近、そのことが少し気になり始めました。
それで、Qes の大きい 8cm フルレンジメタルコーン(HiVi B3N)を探し出し、内容積2Lの密閉箱を自作しました。
このスピーカーから出る元気のよい音は、好みの音を得るには自作が一番と確信させるに十分でした。

次の作品は、フルレンジ 10cm 平面スピーカー(Tectonic Elements TEBM65CF-8)で同様に密閉です。
これは指向性も広く聞き疲れのしない柔らかな音でした。しかし、フルレンジは限界があります。


2) コンセプトと箱の設計
 オーディオは、上を見ればキリがないという側面があります。
原音を超えることが無いと考えるならば、コンサートへ行ったほうが良いというのは当然の帰結です。
もし、原音とは異なった方向で追求すれば、基準も何もなくなります。

そのことに気が付いたとき、これは趣味にすべき対象ではないと判断し、遠ざかっていました。
なので、スピーカー自作は手段であって目的ではなく、これが趣味というわけではありません。
そのため、 スピーカーボックスの自作は、今回で一区切りつけることにしました。

以下のコンセプトでスピーカーユニットを探しました。

 1.密閉箱としたい

 2.ユニット:2 ウエイ同軸スピーカー

 3.コンピュータディスプレイの両側における大きさ

すでに 12kHz 以上が聞こえない老耳にツィーターが必要なのかと、しばらく悩みましたが、2 ウエイとしました。
口径の大きなフルレンジの数 kHz 以上は、分割振動 のモードが移行する周波数でディップが生じます 。(参考文献1参照
このディップが顕著であれば、12kHz 以上が聞こえないポンコツ耳でも聞き取れます。これがフルレンジの限界です。

周波数ごとにスピーカーを分けて良い音を得ようとすれば、スピーカーの位置による音像の広がりと移動が気になります。
特に机上のような耳に近いところで使うスピーカーはこの影響が大きくなります。
そこで、同軸スピーカーにより、良好な音像の定位を得ることにしました。

同軸スピーカーは、コアキシャルスピーカー (Coaxial Speaker) とも呼ばれます。
カーオーディオでは、狭い空間にスピーカーを配置する目的でこの同軸形が用いられることがあります。
その形状は、ウーハーの前面にとってつけたようなツィーターが配置されること が多いです。
この構造はウーハーからの音像を乱します。なので、概して室内で聴けるほどの音質がありません。

音が良い同軸スピーカーは、ウーハーの磁気回路内にツィーターが埋め込まれるようになっているタイプです。
同軸スピーカーを組み込んだ製品を出しているメーカーは、音質に定評がある TANNOY、KEF などがあります。
しかし、スピーカーユニット単体ではあまり種類がありません。
ギターアンプ用では、Selestion FTX1225 等があります。これは、口径 30cm、入力 300W と机上では使いにくいスペックです。

結果的に Parc Audio の DCU-C131W を選択し、2021 年 6 月に発注しました。
受注生産とのことでしたが1ヵ月弱で届きました。

本ユニットは Qes が 0.587 と小型の密閉とするには小さすぎます。しかし、音質は無論のこと、音像の点でもバスレフは避けたいです。
それで、妥協点ということで背面パッシブラジエータとしました。 背面パッシブラジエーターの口径は50mmです。

材質は、入手性と材質の均一性から、厚さ 18mm ラワン合板としました。箱の寸法は以下のように決定しています。

耳とユニット中心の高さを一致させるため、まず全体の高さを決めました。
次に狭いデスクに設置できるように幅を決め、最後に内容積15Lを確保できるように奥行きを決めました。
定在波は一応考慮してあります。
ラワン合板のカット図面は、ホームセンターでカットすることを前提に、 カット費用を安くするよう描きました。
補強、吸音材は音を聴いてから追加することにしました。

 2ウエイの周波数分割は、チャンネルデバイダとマルチアンプで特性を追い込むことも考えましたが、ポンコツ耳では追い込めません。
測定器に頼って調整するのも虚しさが残りますし、ウッドコーンではベストな方法と思えません。
なので、 とりあえず推奨のネットワークとしました。

素子の非直線性を極力排除するため、コイルは空芯コイル、コンデンサは高耐圧のポリプロピレンとしました。
気になってきたら、定数変更、チャンネルデバイダでもなんでもできるように、 開閉できるようにしました。

裏面は M4 オニメを埋め込んだねじ止めとし、不乾性ゴムパテ(未加硫ゴム)で密閉しました。
なお、スピーカーユニットも M4 オニメナット止めで 、このパテをはさんで空気漏れを低減しています。
また、スピーカー取り付け面は、メーカーWebのアドバイス通り、ロータリーヤスリでテーパー加工しました。






3)試聴、エージング
 最初の音出しのときは、がっかりしました。
音がばらばら、ツィーターは指向性が鋭く耳の位置を数 cm も動かそうものなら音量、音質ともに変化します。
ヴァイオリンはシャーッとかすれた音を出します。落胆し、1 か月ほど放置していました。

年末年始の休みに入り、このガラクタをどうにかしなければと、とりあえずディスプレイ横に設置しエージングを始めました。
直後は、最初の感想は間違っていなかったことを確認せざるを得ない音でした。

しかし、10 分ほどで高域の指向性が広がり許容範囲となり、数時間でフルレンジでは味わえない
2 ウエイらしい周波数特性の広がりと解像感が出るようになりました。
エージングでこれほど劇的に変わるスピーカーは初めてです。

いろいろな音源を流して試してみましたが、満足できる出来です。
クレモンティーヌのレ・ヴォヤージュという CD があります。
このベースは小型スピーカーにはなかなかの難物ですが、指使いがわかるぐらいには鳴ってくれます。

臨場感を云々するほど大きな音を出せば限界を感じます。若干キラキラというか、ヴァイオリンに艶やかさが加わっています。
これは後述する 高調波に依ると思いますがウッドコーンのキャラクターであるように思います。
当初のコンセプト通り、卓上で静かに音楽を楽しむならば、これで打ち止めにしてもよいと思えるぐらいのポテンシャルを感じます。

背面パッシブラジエータからの音はほとんど感じません。これは、耳までの距離に対し、奥行きが大きいことから、
背面パッシブラジエータから距離差が大きいことが影響していると思われます。
背面につけた理由には、パッシブラジエーターからの音を耳に入れたくないという意図があります。


4)最後に
十数年前、ビックサイトで開催された電子部品系の展示会で、ビクターの超小型ウッドコーンスピーカーをデモンストレーションしていました。
営業の社員は売り込みに一生懸命だったのでしょうが、明らかに音量が過大でした。
そのため、キンキンと箱鳴りし、音も硬く多数の高調波発生を確信できる音で した。

ウッドコーンには興味がありましたが、こんなものかと感じました。
そんなわけで、本製品購入に当たっては一抹の不安がありました。
今回製作したスピーカーは、手持ち機材での計測では、 周波数帯によっては、エージング後で -20dB を超える二次高調波の発生が見られます。
この数値を見てしまうと評価を変えたくなりますが、信ずるべきは自分の耳です。上述のように個人的には満足です。


5)追記(2022.02)
約100時間、音を出してから再びスペクトルを測定してみたところ、2次高調波はほぼ40dB以下となっていました。
音も少しソフトになった印象です。測定結果を張り付けておきます。
無響室ではない普通の居間ですので参考までにと言ったところです。
赤が測定結果で、緑はバックグラウンドです。