こんばんは。今日は電流歪み対策についてちょっとお話ししたいと思います。
少し難しいかも知れませんが、我慢して聞いてくださいね。難しいようなら前半は飛ばして、後半だけでも見てください。重要なことは後半に書いてあります。
スピーカーユニットの歪みにはいろいろな種類のものがありますが、その中でも最も一般的なものは透磁率の非直線性による歪みで、俗に電流歪みと言われています。
スピーカーユニットは、ボイスコイルに音声信号が入力されて電流が流れることにより、磁気ギャップ部にあるボイスコイルに力が発生し、それで振動する(つまり音を出す)ということは既にご存知かと思います。これはフレミング左手の法則というものです。ところがこの時、ボイスコイルに流れる電流により交流磁界が発生し、これがマグネットの磁界との間で相互作用を起こし、悪影響を及ぼすのです。具体的には、この音声電流によって発生する磁束が磁気回路を構成している磁性材を磁化し、磁性体の透磁率の非直線性を持つ磁化構造により、電流に歪が発生するという図式です。この時の歪みは主に中高域に発生します。これ以外にF0付近で大振幅時に発生する別のものもあるのですが、今日は話がややこしくなるので割愛します。
この電流歪みを改善するためには大きく分けて3つの手法があります。
1)磁気回路の素材に直線性の良い材料を使うこと
これは主に珪素鋼板やパーマロイなどがありますが、いずれも高価なので、あまり採用されていません。
2)磁気回路を磁気飽和させて透磁率の非直線性を少なくする
これはポールの内径を大きく削ったりして、意図的にギャップ付近の磁性材料を少なくして磁気飽和するようにする手法で、ソニーもULMで採用していました。ただし、これには大型のマグネットが必要で、やはりコスト的には高価となります。ちなみにTWはボイスコイル径が小さく、プレート厚も薄く、マグネットも大きいため、磁気飽和することが多く、WFなどに比べると電流歪みは少なくなります。
3)磁気回路内に各種ショートリングを設置すること。
このショートリングとは銅やアルミなどの導電性の素材でリングなどをつくり、ボイスコイルの2次巻き線として動作させ、これをショートさせることでボイスコイルのインダクタンスを減少させて、非直線性の影響を少なくするというのものです。これは最も一般的に使われている手法で、ユニットの歪み対策としてはよく見かけるものです。
ちなみにアルニコマグネットは以前お話したようにマグネット自体に導電性があるため、フェライトやネオジムに比べて、電流歪みはこの点で少なくなります。
でここからが今日の本題ですが、一言でショートリングと言ってもいろんなタイプのものがあります。一番一般的なものが下記のもので、これは俗に銅キャップと言われています。ショートリング付きのユニットと言えば、先ずこのタイプと言っても過言ではないくらいです。
このタイプの特徴は下記になります。
1)比較的安価にできる。
2)歪み低減効果は非常に大きい。特に3次歪みに有効。
3)インピーダンスの高域上昇もかなり抑えることが出来るので、高域再生が必要なフルレンジには有効。
とここまで書くと、この方式はほんとうにいいことばかりのように見えますが、実はPARCのユニットはこの方式は全く使っていません。それは何故かと言うと、音が細くなるからです。(もちろん、これは私見です)
このタイプのショートリングは図でも分かるように磁気ギャップ内にありますので、そのリングの板厚の分だけポール径が細くなり、結果として同じマグネットを使った場合磁束が落ちます。その結果として、F0を中心とした低域部は磁気制動が弱くなってQが上がり、有効磁束に比例する中域のピストン帯域のSPLは減少し、高域はインピーダンスの上昇が抑えられるのでよりSPLが上がります。つまり、このリングを入れると、低域はブーミーに、中域は少し引っ込み、高域は少し前に出るというバランスになるのです。もちろん、これは相対値なので、元のユニットのバランスをうまく設計することである程度の調整は可能ですが、個人的な経験で言えば、この銅キャップを入れたユニットはほとんどが音が細めにやせてしまうということでした。
ちなみに中国サイドとユニットの話をしていると、ショートリングと言うと先ずこのタイプを入れてきます。最初それを変えさせるのに随分苦労したのも今となっては懐かしい話です。
次のタイプは、下図のようにポールの上にリングを設置するものです。PARCのユニットは全てこの方式を採用しています。
このタイプの特徴は下記になります。
1)銅キャップ同様、比較的安価にできる。
2)磁気ギャップ部にリングがないため、磁束の劣化がないので、中低域の特性変化が無い。
3)インピーダンスの高域上昇に関しては、銅キャップよりは効果が落ちるため、歪み低減効果は銅キャップに比べると少し落ちる。
これを見ても分かるように、単純に歪みを何dB改善するかということだけに特化するなら、銅キャップの方が有利なのですが、こと音質ということを重視すると私はこの方式が好みです。PARCユニットの音質に共通点があるのも、こういった点が少し効いているのかも知れません。
最後に肝心のプロジェクトFですが、これは少しこだわっていて、2重のショートリングを設置しています。
もちろん、ここでも銅キャップはあえて使っていません。ただアルニコ仕様ということと、2重のショートリングを入れていることで、歪みもかなりの低レベルに抑えることに成功しています。ちなみに上の図はまだ現在検討中のもので、さらに改善を予定しています。
さて今日はちょっと話が長くなりましたが、最後に言いたかったのは、PARCの設計は単にスペック重視で歪みが何dBダウンとかというようなことではなく、とにかく音そのもので仕様を決めているということです。やっぱりスピーカーは音を出してなんぼですからねぇ。では今日はこの辺で。
この記事へのコメント
PARC 様
う・むむむ……話の道筋は一筋だとすぐにわかりましたが、細部を読み込むのに苦労しました。素養というか基礎教育がなってないと、ダメですね。反省しました。
しかし、スピーカーは音を出してなんぼ、などという言い方をすると、技術至上主義というか科学至上主義というか、御当人はそれはそれでスジが通っているにせよ、そういう方々からは、眉間に皺を寄せた顔をされそうです。しかし、そういう一見経験至上主義にも、やはりちゃんとした理由があるんだな、ということはなんとなくわかりました。
大きな無響室で高価な計測器を使って厳密にスペックを取り、別に大きな試聴室があって、ABWテストを多くのモニターの方々に繰り返しやっていく、というのが、たぶんきっとそういった方々にも納得してもらえる「正道の」開発なんでしょう。でも、それでは新規参入者を排除せよ、というに等しいようにも思います……いつも、代表が「身の丈で頑張っていきます」とおっしゃったことの一端も少しだけ理解できたような気がしますし、構成部品が小さいだけに小さな構成部品の小さな改良の寄与が非常に大きいだけに、スピーカーユニットが、「人」とともに登場したり消えていったりする、というからくりもなんとなく合点がいくような気がします。
さて、Project Fはさらなる改善も仕込んでいらっしゃるとのこと。いずれオープンになる日を楽しみにしています。
GX333+25様
>細部を読み込むのに苦労しました。
私もちょっと技術的に細かい話になっちゃったかなぁとも思いましたが、一応大事なことなのであえて書きました。まぁ難しい場合は、読み飛ばしていただければと・・・・。(笑)
>スピーカーは音を出してなんぼ、などという言い方をすると、技術至上主義というか科学至上主義というか、御当人はそれはそれでスジが通っているにせよ、そういう方々からは、眉間に皺を寄せた顔をされそうです。
そうですね。ソニーでプロユニットの開発を研究所でやっている時も、まわりの人間から「彼のやっているのは開発じゃない」などと陰口を言われたものです。でも私から言わせると、「そういう能書きばっかり言ってるあなたたちのアウトプットは何なの? 本当にいい音出たの?」っていうことですね。私から見ると、目的が開発(っぽい)することっていうことになってるようで、何か勘違いしてるんじゃないかと・・・。
いつも言ってることですが、特性や物性が無意味とは全く思っていませんが、大事なことは順番で、特性がいいから音がいいのではなく、音がいいものが結果として特性も良かったというのが正解かと。
>Project Fはさらなる改善も仕込んでいらっしゃるとのこと。いずれオープンになる日を楽しみにしています。
既にステレオでのシステム調整に入っていたのですが、やはりやっている間にユニットのあそこももっと良くしたいと欲が出てきて、現在改良版のパーツの入手を待っているところです。
10月の真空管フェアには多分間に合うかと思いますが、今一番の悩みはBOX形状をどうするかで、普通のものでやるか、少し凝ったものにするかで悩んでいます。
こんばんは!
商品の主な特徴の紹介欄にショートリング採用!
の文字が有りますが、やっとそれが何処にどのような形状で、メリットがこうだという事が分りました。
やっぱり、
UNITエンジニアって
最後はまとまりのある再生能力に持って行くのですから
やっぱり凄いですネ
ひでじ様
>やっとそれが何処にどのような形状で、メリットがこうだという事が分りました。
少しは役に立ったようで、何よりです。
>UNITエンジニアって最後はまとまりのある再生能力に持って行くのですからやっぱり凄いですネ
いやぁ、ひつこさと頑固だけが取り得です。(笑)
こんにちは
「プロジェクトF」の一連の開発情報、なるほどと素人ながらの理解ですが楽しく読んでおります。現在スタジオ録音されたポピュラー音楽を再現するためのスピーカーを物色中で「プロジェクトF」が最有力候補です。発売が楽しみですがおおよそいつ頃の発売になりそうでしょうか?真空管オーディオフェアで「プロジェクトF」のプロトタイプが聴けそうで楽しみにしています。
H.Takada 様
>発売が楽しみですがおおよそいつ頃の発売になりそうでしょうか?
開発は最後の2割が山あり谷ありでいろいろと予定外のことがあるかもしれませんが、順調に行けば年末くらいには受注開始をしたいところです。先ずは真空管フェアでの皆様の反響がどの程度になるかが最大のポイントでしょうかねぇ。頑張ります。
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