振動板の軽量化について

2008年01月28日(月)


スピーカーユニットの中でも最も音質に影響を与えるパーツは、言うまでもなく振動板です。この振動板について語る事はあまりに沢山あって、ブログで簡単にまとめられるようなレベルではありませんが、今日はその振動板について私が最も重要と感じている振動板の軽量化について簡単にお話したいと思います。

あんなSPLの低い8cmウッドコーンを発売しておいて、軽量化? と言わずに、少しお付き合いください。


振動板の軽量化について語るには、私のスピーカーの設計経験の中でも大きな転機となったある人との出会いを書かなければいけません。そのMさん(故人)は、ソニーのオーディオエンジニアの中でもその音に対する執念で右に出る方がいないくらい、とにかくすごい方でした。当時私はスピーカーユニット担当のエンジニアとしてMさんの下であるモデルを担当することになりました。
Mさんは基本的にはシステム屋さんで、当時の私はユニット屋としては自分の方が経験も多く、自信もありました。そのため彼からいろいろとユニットに対しての要求が出る中で、自分としてはあまり納得がいかないリクエストもあったのです。

その一番納得がいかなかったリクエストが、「とにかく振動板を軽くしてみよう」というものでした。それまでの私の経験では、良好な周波数特性や歪特性を得るためには、振動板はある程度重量をとって強度を持たせる必要があると考えていました。そのため、彼の要求するような従来比20%以上(時には30%も)の軽量化は、私にとっては強度不足になることは目に見えており時間の無駄のように思えたのです。

ところが実際に試作して私自身も驚いたのが、従来よりも大幅に軽量化した振動板の音質が今までにないような変化(素晴らしさ)を示したことです。具体的には、振動板固有のクセのようなものが良い意味でうすくなり、とにかく聴いていて気持ちが良かったのです。もちろん、軽量化しているので音離れが良くなっていることも見逃せないことでした。ただしここで重要な事は、軽量化するためにコーン紙のパルプ配合を変えて変に剛性を上げたりしなかったという事です。つまり強度不足を承知の上で、どこまで軽量化できるかを単純に重量を変化させて確認してみたのです。

特性はというと、確かに強度不足の分 少し歪は増えましたが許容範囲であり、逆に中高域のピークディップが剛性が落ちたためか少し滑らかになるという利点もありました。まさに目からウロコでした! もちろん、限界はありました。ある重量を超えたところから急激に音に勢いがなくなり、いかにも剛性不足の弱い振動板から出てきた音という感じになります。さすがに過ぎたるは及ばずという感じです。

後で分かったことですが、Mさん自身も最初からこの事を知っていたわけではなく、あくまでエンジニアとしての勘のようなもので私にトライをさせたかったとの事でした。まぁそんな事は私には既にどうでも良い事で、自分の今までの経験不足と、先入観や既成概念にいかにしばられていたかを痛感したのです。

それからの私のスピーカーユニットの設計は、先ずその振動板がどこまで軽量化できるかを確認することを最優先にしたのは言うまでもありません。 ただ残念ながらプロとして設計や開発をしている以上、そこには常にコスト、日程、パーツベンダーさんの事情等いろいろな諸条件があり、常に極限の設計ができるかと言うとそんなに簡単なものではありませんでした。
今回商品化したウッドコーンも、ユーザーの皆様は意外に思われるかも知れませんが、私としては量産化できる範囲で出来る限り軽量化をトライした結果なのです。おそらくウッドコーンということに限れば、これでも他社比では軽量化になっているはずです。この辺の事情は、また別途書きたいと思っています。


最後にもう1点強調しておきたいのが、私の目指しているのは振動板の軽量化であり、決して高SPLということではないのです。もちろん、高SPLが悪いと言っているのではないので、この点は誤解しないでください。あくまで優先順位のことを言っています。 先に書いたソニーのモデル(SS-A5)でも、実は最後には軽量化コーンにウエイトリングを追加してユニットをまとめていました。せっかく振動板を軽量化したのに、それにウエイトリングで重量を追加しては意味が無いのではと皆さんは思われるでしょうね?実は私も最初そうでした。Mさんから「冨宅さん、試しにウエイトリングを付けてみようか」と言われた時は正直腰が抜けそうになったもんです。先輩でなければ、頭を一発ひっぱたいてやるところです。おいおいあんた俺をからかってんの?と・・・・・。

でもこれの結果も、私の予想を大いに裏切るものでした。Mさん恐るべし!
理論的にはmms(振動系全体の重さ)が変わらないなら特性は同じになるはずですが、実際の音質は全く別物でした。TSパラメータでは、振動系の重量は振動板とボイスコイルその他の質量を全て一まとめとして考えていますが、実際の音の世界は違うのです。全質量を同じにしても、軽い振動系から出てくる音はやはり別物です。


あえて声を大にして言います。
私は高音質化のため出来るだけ振動板を軽量化したい!!と。

でもそれはあくまで高音質化のためであって、高SPLというのは最優先項目ではありません。その理由は簡単で、振動系を軽量化することだけで単純に高SPLを狙っても全体のバランスが崩れ、いわゆるハイバランスの軽い音になってしまうことがあるからです。
軽量化振動板を使用しつつ全体のバランスを取っていくということは、ある時はボイスコイルの線径を変えたり、ある時はダンパーやエッジの硬度を変更して
0の再調整をしたり、かなり手間のかかることなのです。
なんだかんだ言ってもやはり全体のバランスはそのスピーカーユニットの性格を決定付けますので本当に重要です。
そしてこの振動板の軽量化というのが、PARC Audioのサウンドポリシーである聴き疲れのしない音という事に直結しているのです。

なおトゥイーターに関しては、バランスはあまり影響しないので、本当に< FONT color=#ff0000>振動系の軽さ=音質の良さ
極論しても良いくらいです。 このトゥイーターに関しては後日、別途書きたいと思います。

今後出てくる新機種でも、この軽量化の真骨頂と言えるモデルをフルレンジモデル等でも出していく予定ですので、是非ご期待ください。 もちろん、ウッドコーンの更なる軽量化も引き続きトライしたいと考えています。

ということで、今日はこの辺で。

この記事へのコメント

根性無しの山羊座 2008.1.29

ParcAudioウッドコーンの振動板

 先日から始まった、ParcAudio社長さんのブログですが、非常に興味深いエントリーが投稿されました。
 振動板の軽量化について
 自分は先日のエントリーで、「重めの振動系で低Fsを狙ったようだ」と書いたのですが、設計の意図としては違うようです。木という素材が…

KEN 2008.2.6

Unknown
こんにちは。いつもブログ読ませていただいておりますが、コメントが遅くなってしまいました。(汗
振動板軽量化シリーズは読んでいて非常にためになりますし、興味深いです。
最近はどうも振動板を重くし、低音のローエンドを伸ばしている製品が多いように思われます。
たしかに剛性も高く、低域がフラットになりやすいでしょうが、聴いていて疲れます。低域の群遅延も悪いように思います。
私はウッドコーンの疲れない自然な音が大好きです。毎日使っているので、当初よりもさらに良い音になってきました。
それでは、失礼いたします。

PARC 2008.2.6

いつもコメントありがとうございます
KEN 様

いつもコメントありがとうございます。
Kenさんがおっしゃるように、重めの振動系にすると剛性が上がるため
特性的には有利になることが多いですが、反面 音的にはしなやかさが
薄れ、固めの音になることが多いようです。

振動板の軽量化と低域特性もトレードオフの関係になりやすく、設計には
神経を使います。私の場合は、最終的にバランスを取るためにわざとボイ
スコイルの線径をupしたりして結果的に振動系全体としては重くなること
もありますが、それでもブログで書いたようにやはり音の出方は違うので、
スピーカーとは本当に奥が深いと思います。

ウッドコーンの調子が良いようで安心しました。
これからもゆっくりとKEN様のお好きな音楽をお楽しみください。

ではまた。

TWS 2008.3.15

興味深いです!
当方、以前からPark Audioさんのウッドコーンの存在は知っていたのですが、個人的にウッドコーンにさほど興味が無いため、失礼ながら、ユニット選定の候補に入れていませんでした。

ですが、こちらのブログを拝見するに、とても興味深い内容で、このような文章を書く方の作るユニットは、きっと良いものに違いないと思えてきました!

今後、PPコーンのウーハーの18cm程度のものが出たら、Park Audioの自作2wayに挑戦させていただきたいと思います。

国産のユニットメーカーに頑張って欲しいので、今後は当方も微力ながら応援します。

PARC 2008.3.15

コメントありがとうございました。
TWS様

コメントありがとうございました。
最近いろいろな方から「国産ユニットメーカーに頑張って欲しいので応援します」とのありがたいコメントをいただくことが増えました。皆様の期待の大きさを知ると、その責任の大きさに身も震える思いです。

メーカーと言っても本当にちっぽけな会社なので、どこまで皆様のご期待に副えるかちょっと不安なところもありますが、出来るだけPARC Audioとして一本筋の通った音造りをしていきたいと考えています。今後ともご支援よろしくお願いいたします。

PPコーンについては既に13cmフルレンジのDCU-F131PPが発売されましたが、その上のサイズは17cmとなっており、今のところフルレンジかコアキシャルでの発売を検討中です。ウーファーもいろいろと出していきたいのですが、フルレンジに比べ市場規模が少ないため商品企画としてはなかなか厳しいところがあるのが実情です。自作2wayへの挑戦でしたら、是非コアキシャルにトライしていただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

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